吾妻ひでお「失踪日記」

失踪日記

失踪日記


吾妻ひでおの「不条理日記」の中だったと思いますが、書店で「SFコーナーは?」とたずねると、魔女狩りの時代さながらの、地下の拷問部屋に案内されるっていうのがありました。


70年代の終わりごろだったでしょうか。SF雑誌の読者投稿欄に、「SFマガジンください」と言った女の子が「SMマガジン」の棚に案内されたとか、SFマガジンとSMマガジンが隣り合わせにおかれていたとか、そんな話がよく掲載されていました。


SF好き、なんていっても「オタクの変人」どころかSM好きと間違えられるという、暗黒時代があったんです。

その直後、ブレイクがきて、奇想天外やSFアドベンチャーという雑誌が立て続けに創刊される、SF黄金期がきました。今、SF好きって言っても、ちょっとオタクはいってる?くらいで認知されているようです。


ブレイクの原因になったのは、なんだったんでしょう?


SFマガジンを創刊号から読んでいた父のおかげで、そこまでSFが迫害されいるのを感じたことがありません。が、そのせいもあって、このSFブレイクポイントもあいまいのまま、いつのまにか、SFが周囲に認知されていました。


時期的には、平井和正の「狼男だよ」からはじまる一連の「ウルフガイシリーズ」が好調なすべりだしをみせ、宇宙戦艦ヤマトがオンエアされはじめたころが、緒端だったのかしらん。それとも「日本沈没」あたりかな。


ともあれ、そんな時代、こつこつとSF好きをにおわせるギャグマンガを描いていたのがこの吾妻ひでお氏。


上記の本は、マンガ家デビューをふくめた氏の実録マンガになっていて、自殺しかけるは、ホームレスになるわと、文字にすれば結構悲惨な状況なのに、ちゃんとギャグマンガになっているのが、さすが、プロフェッショナルの仕事です。


そして、デビューからのエピソードの中で、氏がいかにSF好きだったかも洩れてくるのが
ホームレス時代のエピソード。


ホームレスの氏が道で本を拾い「オカルトか」と元の場所に戻すと、見ていた若者たちが、興味を持ってその本を手に取り、「俺、この作家信じてる」。



それを聞いていた氏が、背越しにつぶやく一言。
「おまえら、SF読めよ」



SFとは、日常にひそむSense of wonderである、といわれて久しいのですが、まさにそれ。



すべてに疑問を持ち、想像力を働かせ、日常をひっくり返してみせる力こそがSF。



「不思議な現象だから宇宙人の仕業です」、とか、「預言どおりに世界が滅びる」と、一方的に与えられた記号のような物語を、楽しんで読むのはいい。でも、そのまま受けれる(信じる)コトとは違うんだ、という叫びを聞いた気がします。


というわけで、絵は4頭身でかわいらしいく、ギャグも口あたりがいいように感じるのに、世界を見る目はSF。そんな氏の最新作は、名作「不条理日記」に等しく面白かったです。



定本不条理日記

定本不条理日記